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「ニュースOne」

自分の覚え書きのようなものとして、ここに素直な気持ちを記しておこうと思う。

ニュースOneのメインビジュアル、モニターを覆う 2727mm × 2424mm の作品「piece of music-One

この依頼をいただいたのは、ちょうどひと月前。3月のはじめだった。

3/30には、新しいセットでの初回の放送があるとのこと。
描かせてもらえるのはとても嬉しい。でも、完成できるだろうか。…不安もありつつ、しかし断るという選択肢はなかった。
「描きます」と返事をしてからすぐ、頭の中で手順を組みはじめる。
夜中にハッと目が覚めて、また考えて眠れない時間もあったりした。

制作にあたって、まずはその大画面のための紙を買いにいくのだけど、そもそもその大きさを1枚で覆える規格の紙がない。とはいえ、足りない分を継ぎました、では絵として成立しない。結果的に麻紙2枚を斜めに継ぐことを考え、それでも販売している麻紙では最も大きいサイズのものを、2枚手に入れる。

そして、このための大量の絵の具も新しく購入した。絵の具屋さんでも、たくさんの時間をかける。
僕は、ひとつの色で、美しい、美しくないというのはなくて、隣り合う色が互いを美しく見せるのだと思っている。それでも、それだけで心惹かれる色をひとつひとつ選び、互いに引き立てあうものを見定める。

自分の制作は、偶然性を肯定していく描き方だと思う。
ともすれば何でもありの抽象表現を「自分の表現」だとする上で大切なのは、画面上に起こる即興性、緊張感を、「自分の生きてきた全ての延長線上」だと認めることだと、僕は考えている。

だからこの画面に起こることは、自分が生きてきたどの1秒が欠けても起こらなかったことだと、覚悟を決めて色を置く。


紙を張り込むパネルが僕のアトリエには入らず、紙のままで描き進め、大方完成してからテレビ局の大きなスタジオで張り込んでもらい、そのままそのスタジオで描かせてもらった。
朝から夜まで描く。途中取材も入る。描くところをカメラマンさんに撮ってもらうのは 緊張して正直描きづらかったが、絵の具を触っていると、やっぱり絵しか見えなくなった。

そして、この大画面の中にテレビモニターが設置され、たくさんのドローイングと共に、照明のたかれた本番のスタジオに入ったときは、本当に別世界のようだった。ここにも様々なプロがいて、それぞれの作業をテキパキとこなしている。テレビを通して拝見したことのあるアナウンサーさん達は、作品を引き立てるほどの魅力があった。

リハーサル等も始まり、作品が自分の手を離れたことに寂しさを感じつつ、身近で関係者の方が喜んでくださる様子に、ありがたい気持ちでいっぱいになる。
作業中絵の前に設置された「原画なので触らないでください」という張り紙に、作品に対する愛を感じた。
テレビの収録現場ということで、扱いやすさを問われれば、印刷の絵の方がどれほど楽だろうか。実際大きな作品を使うような番組セットは、全国的にも珍しいそうだ。
「画面越しでも本物に勝るものはない」と原画の設置を決断したプロデューサーさんを、心から尊敬する。

初回の放送はスタジオの中で見せてもらうことができ、秒単位で動く人々に圧倒されながら、その場に漂う緊張感であっという間に時間が過ぎた。この緊張感に立ち合えたことも、本当に良かったと思う。
美術さんが、「だんだん慣れてきてこの緊張感がなくなってくると危ない。何が起こるのはそういう時」と言った。このレベルのクオリティには、このくらいの緊張感が伴う。また新しい世界を知ることができた。


自分の制作は放送が始まり、ひと段落したわけだが、この番組セットはまだ始まったばかり。
初回放送から多くの方にご感想をいただき、ありがたい気持ちと同時に、不思議な感覚でいる。圧倒的にたくさんの方の目に触れながら、直接観てもらう機会の方が少ない作品の制作は、自分にとって初めてのことだったからだ。

画面の色を調整する方がとてもこだわってくださったようで、絵の色はほとんどそのまま映っているんだけど、テレビ画面の中では様々な影響で、やはり見え方が変わってくる。
すでに描き足したい部分もある。美術さんにお伝えしたところ、今後いつでも描きに来てくださいとのこと。これからも、みんなで育てていく画面となるのだろう。

今回の作品は、本当にたくさんの人に助けられ、制作することができた。
紙を漉いた職人さん、絵の具を作る職人さんもそうだけど、何より、こういうセットを作りたいと依頼をしてくれたテレビ局の美術さん、プロデューサーさん。スタッフの方々。誰一人欠けても完成しなかったと思う。

特に美術さんとは、“一緒に制作した”という感じが強い。この方と一緒にできたことが、僕にとって本当によかった。テレビ画面を通してどんな見え方をするかを常日頃考えているプロだし、新年度を控えセットが変わるすごく忙しい時期にも関わらず、「楽しい」と笑い、自分の仕事を愛し誇りを持っている、本当に尊敬できる方だった。
たとえば僕が美術さんの立場だったとしたら、「作家はちゃんと描いてくれるだろうか」と不安も大きかっただろうと、容易に想像がつく。
アトリエにも何度も足を運んでもらったが、そのたびに作品に対し敬意を持って、尊重し励ましてもらい、本当にたくさんのものをもらった。(ほんとの差し入れもたくさんもらった)

関わった皆さまに助けられ、とても貴重な体験をさせていただき、感謝の気持ちでいっぱいだ。

自分にとって間違いなく生涯思い出に残る制作となったが、まだまだここから。
今日も絵を描く。そして、描き続けていく。